あなたの猫になりたい (Page 5)
「……ん」
漂うコーヒーのいい香り。鈍い思考の中、目を開けてそちらをのぞく。上半身裸の後姿が、慣れた様子でキッチンを往復している。かすかに聞こえる調子外れの鼻歌に、思わず笑ってしまった。
「――なんだよ、起きたのか」
振り返った課長の胸元に、赤い痕。覚えていないが、顔が熱くなる。視線を追って、課長はにやりと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「悪戯なにゃんこに吸われたんだ」
「……課長、意外とおっさんですね」
精いっぱいにらみつけたのに、課長は憎たらしいほどのご機嫌だ。
「うちの黒猫ちゃんは、ご機嫌斜めか?」
二人分のコーヒーをもって近づいてくる。
「黒猫は実家にいるでしょう?」
「バカだな。実家の黒猫はただの猫だ。俺の黒猫はずっとおまえだよ」
「……は?」
「それでもって、今日からは俺の恋人な」
「えぇ?」
「よろしく、なお」
そうして、僕は課長の猫になり、恋人になった。
Fin.
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