さよならはいわない (Page 2)
幼少期に別れたその男との再会は、まったく予期しないものだった。
成人して間もなく、王都の騎士に叙されて赴く、初の任務地。ジーク・リーヴェストは、小高い丘の上で、眼下に広がる辺境の寂れた風景に目をすがめた。
任務期間は三か月、隣国との国境を監視する砦(とりで)にて、その警備兵の任務に同行し、報告をまとめ、王都へ持ち帰る内容だ。
「…あれは」
土をならしただけの一本道の先、王都の民から見れば廃屋に等しい、形ばかり大きな建物が目に映った。ところどころ草の生えた地面を、子どもたちが駆け回っている。
「…孤児院か」
懐かしさに目を細めたのは、幼少期をそこで過ごした記憶があるからだ。赤ん坊の頃から、貴族に養子として引き取られるまでのたった数年だったが、慈しみ愛してくれた先生の――初恋の人の顔ははっきり覚えている。
馬の頭を向け、子どもたちの歓声がはっきりと聞こえる所まで近づいたとき、建物の裏手から一人、痩せた男が出てきて、驚きに息をのむ。
「…トワ、先生」
記憶のとおりなら、10は年が上だったはず。
馬上から見つめた先の、初恋の人が思い出からそのまま抜け出たような姿に、ジークは目を見開いた。
*****
突然の騎士の登場に興奮気味の子どもたちをなだめつつ近づいてきたのは、やはり思い描いたその人だった。ジークの襟元を飾る房飾りに目をとめ、ほんの一瞬表情がゆがんだが、すぐに愛想よい微笑みに取って代わった。
「こんにちは、騎士様」
その言葉に誘われるように、ジークは馬から降りた。いつも見上げていた朗らかな笑みが、同じ高さに並ぶと見下ろす形になって、急に現実に引き戻される。
「――この孤児院の、院長か?」
問う声は震えてはいなかったが、あまりの動揺に心臓の音がうるさい。
わかるはずがない、と思う。背も伸びたし、髪色も変わってしまった。名さえ、養子に引き取られたそのとき、失われたのだ。
「ええ、院長のエトワールと申します」
――わかるはずがないのだ。
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