僕は人魚姫にはなれない (Page 5)

「ぁあっ…すっごい気持ちっ…中締まっててッ…気持ちいいよっ」

グッとできるだけ中を締めてやると、前川は快楽でうっとりとした声を出す。

「動くねッ」

我慢できず余裕なく動き出し、なんども角度を変えて挿れられるペニス。

「っん…ッ」

ゴリゴリと容赦なく奥を刺激され、僕の中でも快楽が積み上げられる。

途中何度も漏れる吐息。

けれど自分の世界に入った前川にはこの程度は聞こえていない。

僕の小さな声なんて、届かない。

「ずっとこうしたかったッ…ずっと我慢してたんだっ笠井ッ!」

「っ…」

この瞬間はいつも胸が引き裂かれたような感覚になる。

だけど、今日はいつも以上に苦しいと思う自分がいる。

そうだ、今日でこの関係は終わりなんだ…。

もう前川は僕を抱かない。

「んっ…くっ…」

どうにもならない目の前の現実に、僕は涙が止まらなかった。

「笠井っ笠井っ」

どんどん激しくなるピストン。

最後なんだから、気持ちいいと思いたい。

なのに、興奮してペニスをより大きくする前川と違い、僕はどんどん悲しみに覆われる。

「俺っイキそう!…あぁっ!…笠井っ一緒にイこうっ!!」

「んっ…はっ…」

「笠井っ!!くっ!!!」

僕のためではない欲が僕の中に注ぎ込まれた。

ずるりとペニスを出されると、パタパタとシーツの上にシミができる。

横たわり恍惚感で満たされた表情の前川はそのまま眠りに落ちた。

頬を伝う僕の涙は気付かないまま。

ゆらりと立ち上がった僕は、自分の携帯を手に取り、前川へカメラを向けた。

「これ…笠井に見せたらどうなるかな…」

浮気だと言って別れる?

それとも優しい笠井は自分だけショックを受けて耐える?

「僕が殺してあげる…」

写真を見せて、笠井の中のお前を殺してあげる…。

そうしたら、前川はどうなるかな?…。

「前川…」

好きだった。

最初はこの顔に一目惚れした。

でも、前川と接するたび、優しさや、気遣いに触れて、前川自身を好きになった。

「なんでっ…僕じゃダメだったの?…」

本当は、ずっと嫌だったよ。

笠井だと思われて抱かれるなんて…。

できることなら、僕として、僕のことを抱いてほしかった。

僕を…。

「好きに…なってほしかった…」

向けたカメラをそっと下ろして、僕は撮ったばかりの写真を消去した。

「できないよっ…前川が好きだからっ…前川の傷付くことなんてできるわけない…っ」

どうして、こうなってしまったんだろう。

あのとき、どうして僕を抱けなんて…笠井の代わりにさせてしまったんだろう…。

いつのまにかこんなにも前川を愛しく思うようになって、だからこそ、こんなにも傷付くようになっていた。

「バイバイ…前川」

僕はそっとホテルを後にした。

「っふ…んっ…くっ…」

止めどなく流れる涙。

自分を傷付けてまで僕の手元に残ったものはなにもない。

このまま消えてしまいたい。

できることなら、最後に王子と結ばれなかった人魚姫のように、泡になって、静かな海の中に消えてなくなってしまいたい。

だけど、僕は人魚姫にはなれない。

僕はこの傷みと、前川を好きだったキラキラした思い出を抱えて歩いていくしかないんだ…。

Fin.

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