精神と身体を操られ

・作

殺人課の刑事、大道は殺人事件の加害者について調べるため、精神科医の瓜田の元を尋ねた。被害者がガスライティングという心理的虐待を受けていた可能性を瓜田から聞く。ただ事件のことを聞きに行ったはずなのに、以前から大道は知らない間に瓜田に身体をいいようにされていた…。

 殺人課の刑事である私は、事件の加害者が精神を操られていた可能性があるため知り合いの精神科医、瓜田先生の病院を訪ねた。

「大道さん、ガスライティングをご存じですか?」

 病院とはいっても精神科医の病室は一般的なものとは違って、リラックスできる大きめのソファがあり、そこへ腰を下ろすと、尋ねられた。

「ガスライティングとは、どういったものなのでしょうか」

 瓜田先生は白衣ではなく、身体にフィットした三つ揃いのスーツを着こなしている。向かいのシングルソファで脚を組み、私に笑いかけた。

「ガスライティングとは、わざと誤った情報を提示し続けたりすることで、被害者が自身の記憶や知覚、正気などを疑うよう仕向ける心理的虐待の手法です。その殺人の加害者も、誰かによって洗脳されたのかもしれませんね」

 先生は微笑んだまま解説していた。殺人事件に対して不謹慎だと思ったが、咎めることでもないので、お世辞で笑い返した。

「例えば…」

 瓜田先生は立ち上がり、部屋の調光ライトのスイッチを限界まで暗くした。

「暗すぎませんか?」

 暗くした理由がわからず、聞き返すとすぐに「いや、明るいです」と返された。

「えっ、でも暗くしていましたよね」

「いいえ、暗くしていません。明るいです」

 明らかに暗いのに、私の言葉を否定し続ける。不思議に思いながら、先ほどのガスライティングの説明を思い返した。
 
「ああ、先ほどの心理的虐待の。だからガスライティングと呼ばれるのですね」

 先生は私の背後に立ち、声を殺したような笑い声をあげると、両肩に手を置いてきた。

「そうです。これを繰り返すと、貴方はこの部屋が暗くても明るいと思い込む」

 肩に置いた手はなぞるように滑り落ち、二の腕を撫でてくる。上半身が下がった先生の口元は、私の耳に寄せられた。

「ところで…。今日の逢瀬はこれで終わりですか?」

「逢瀬…?」

 瓜田先生と自分の関係では、ふさわしくない言葉を囁かれた。何か事件などあるときは、一番相談する医師ではあるが、ただの知り合い、仕事仲間だ。

「お忘れですか? 寂しいですね。貴方とは何度も肌を重ねてきたのに」

 腕を撫でていた手のひらが首へ移動し、ワイシャツの襟を掴んだ。その隙間から指が侵入する。

「や、やめてください…っ!」

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