ミソジのヨルキミヲ… (Page 3)
会場だったホテルから500メートルも離れていない場所、本当に目と鼻の先にそのマンションはあった。ワンルームのきれいな室内には生活感はまるでなく、ベッド脇に開けられた状態で置かれた大きなキャリーケースが、存在を主張しているだけだった。
「今日の昼過ぎに着いたばかりだったんだよね」
弁明するように言って、トモキはキャリーバッグの中を探りだす。ややあって、ペアのカップとコーヒーの袋を取り出すといそいそとキッチンへ向かった。
「なんでウィークリーマンション?住んでるとこ遠いの?」
気になっていた疑問をぶつければ、トモキはケトルに水を入れながら答える。
「さっき会場で話してたの聞いてなかった?俺、今、ドイツに住んでるんだよ」
「は?ドイツ?」
「うん。27のときに脱サラして、今はドイツで小さいけど自分の店持ってソーセージ売ってんの。日本に帰ってきたのも2年ぶりぐらいかな。せっかくだし1週間ぐらい滞在したくてさ。実家は兄貴が結婚して同居してるから長居するのも悪いし、で、新しい商品の試作とかもしたかったから、ホテルよりはウィークリーマンションのがいいかなと思ったんだよ」
ペラペラと話しながらもトモキはテキパキとコーヒーをいれて、はい、とタイチにカップを手渡してきた。
ぼんやりとトモキの話を聞いていたタイチは、ハッとしてコーヒーを受け取った。
「…そっか。なんか、すげーな。トモキ」
自分とは全然違う、イキイキとした日々をトモキは送っているのだという事実に、ジクリと古傷が痛むように、胸が苦しくなった。
インスタントドリップとはいえ、いいモノを使っているのだろう。見たことのない銘柄だったが、ドイツで有名なコーヒーブランドなのだろうか。店で飲むコーヒーのような、深い香りが鼻腔をくすぐってきて、一口飲んだ瞬間思わずフゥ…とため息をもらした。それをどう捉えたのか、トモキはタイチを見ながら
「ゴメン」
と、神妙なトーンでそう、告げた。
「え?」
口をつけていたカップを離して、顔をあげたタイチの目の前で、トモキはペコリと頭を下げている。
「成人式の日。俺、無理やりタイチにあんなことして…。次の日になってすげー後悔したんだけど、タイチにもう一回会って謝る勇気なんてなくて…。でも今日、タイチの顔みたときからずっと、ちゃんと謝ろうって思ってた…今更だけど」
無理やりだっただろうか…と、タイチはあの夜のことを思い浮かべた。あの夜は、今でも色あせることなくハッキリと思い出せるのだった。
あの日、確かにトモキからキスをされて、強引に口淫されて、そしてことに及んだ。けれど、そんなトモキにしっかりとタイチは欲情したわけで、それを無理やりとするのは少し違う気がした。
そもそも、タイチのモノを受け入れたのはトモキの方なのだ。本当に本気で嫌だったら、トモキの姿に欲情して、反応して、トモキのナカで達せるはずもないのだから。
「別に…無理やりされたとかは、オレ、思ってねぇよ。いや、まぁ…トモキに言いたいことはあるけど」
パソコンを置いたらそれだけで場所がなくなってしまいそうな、コンパクトなテーブルにコーヒーのカップを置いて、タイチは「顔、あげてよ」とトモキに言う。
遠慮がちにあがったトモキの顔は、つい先程までの穏やかな雰囲気とは打って変わって、不安におびえたような瞳が揺れていた。
「トモキ…は、結婚の予定とかあんの?」
「え…ないよ。そもそも、俺、ゲイだから」
「じゃあ、恋人はいる?」
「…いない、けど」
「ずっと?セックスする相手もいないの?」
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