一夜の夢
高校のころからの友人、レイの結婚式が終わり、ヒロは思い出に浸りながらホテルの一室で過ごしていた。レイの幸せそうな姿を見届け、自分が抱いていた恋心を胸の奥にしまおうと決意したヒロ。しかし、そんなとき自分の部屋に帰ったはずのレイから一通のメッセージが届いて…
“今から、会いに行ってもいい?”
スマホの画面に映し出された、思いもよらないメッセージ。
差出人は、本日の主役。
言ってみれば、結婚初夜。こんな大事な日に、俺に構ってる暇なんてないだろうに。
そんなことを思いながら、すぐに返事をする。
“なに、どうしたの”
“いや、ちょっと話したいことがあって”
二次会で顔を合わせたときには、そんなこと一言も言わなかったくせに。
大事なことは後回しにする癖は、高校のころから一つも変わってない。
次の返事をする前に、ドアをノックする音が聞こえた。
まさか、こんなに早く来るなんて。
驚きながらも部屋のドアを開ければ、そこにはパーカーに着替えたレイの姿があった。
「…お前さ、着替えるの早くね」
「だって…タキシード姿でここに来るわけにいかないでしょ」
「まぁ…とりあえず入れば」
こんなに早く来るなら、先にシャワーを浴びておけばよかった。
緩めていたネクタイをほどきながら、そんなことを思う。
「二次会楽しかった?なんかあんまり飲んでなかったじゃん」
「酔っぱらいすぎても迷惑かけるかなと思って、一応大人ですから」
「えー、酔っぱらってもいいようにホテル取っといたのに」
「…そりゃどうも」
少し遠方に住む俺を気遣って、あらかじめ一部屋用意してくれたレイ。
バカで能天気だったレイがそんな気遣いを覚えたと思うと、うれしいような、さみしいような複雑な心境だ。
「…つーか、嫁さんは?」
「友達と三次会ってやつ。式でも二次会でもまともに飲めなかったから、張り切って飲みに行ったよ」
「ふーん…」
「そんなもんだよ、結婚初夜なんて」
レイが俺のベッドに座り込む。
先ほどまでワックスでガチガチに固められていた髪の毛は、洗われてすっきりとしている。
いつもの柔らかそうな髪の毛が揺れて、なんだか少しだけ安心する。
「結婚式、めっちゃよかったよ。レイもさ、いつもよりかっこよく見えたし」
「なにそれ、ちょっと照れるんだけど」
はにかんだような表情、俺はこの表情が大好きだった。
いや、違う。好きだったんじゃなく、今でもまだ、好きなんだ。
結婚して、いつかは違う人のモノになるなんて、わかっていた。
一度も想いを告げたことなんてないし、誰かに打ち明けたこともない。
だから、このままずっと形にすることもなく、この想いは消えていく。
「…ヒロ?」
「あ…ごめん、ぼーっとしてて」
まさか飲みすぎ?なんて言われて、そうかもねって答える。
本当のところは、もっと飲んでやればよかったなんて思っているけれど。
「ヒロが楽しそうでよかった、久しぶりに会えたし、うれしくて」
そう言われて、思わず涙が出そうになった。
ああ、やっぱり。俺はまだ、諦められそうにない。
そう思うと、体が勝手に動いてしまった。
「…ヒロ?」
「あ…悪い…」
つい、その頬に触れてしまった。
すぐに手を離したはずなのに、指先がまだ熱い。
「急にどうしたんだよ、びっくりしたんだけど」
「…急に、じゃない」
「え…?」
「ずっと、お前に触りたかった」
言うはずのなかった言葉が、口元から溢れてしまう。
驚いただろうか、引いてしまっただろうか。
その表情から、レイの気持ちを汲み取ることができない。
「それ…本気で言ってる?」
「…本気だよ」
問いかけられて、はっきりとそう答えた。
酔っぱらってなんかいない、ずっと言いたかった言葉。
「俺、レイのこと、好きだったんだ」
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