シャワールームで起こした大胆で淫らな行動
モデルである山吹壮馬(やまぶきそうま)と付き合っている影山雄大(かげやまゆだい)。壮馬がモデルをやっている雑誌を見て、雄大は疎外感や不安を覚える。そんな雄大はある日のお泊りデートで、普段はしない大胆な行動を起こす…。
「ゴメン、お待たせ」
待ち合わせの喫茶店で焦げ茶色の甘いコーヒー片手に、半ば小説の世界に浸っていると聞き慣れた声が耳に入ってきた。
活字から声がした方へ顔を向ける。
「すみません、同じものを1つお願いします」
すると待ち合わせ相手である、恋人の山吹くんが向かいの席に座っていた。
「何ですか、その大きな袋」
上着を脱いだり荷物を隣の座席に置いたり、忙しそうな彼の手荷物が気になって思わず聞いた。
「ああ、コレね」
「お待たせしました」
山吹くんが答える前に注文した飲み物と、伝票がテーブルに置かれる。
「はい、どうぞ」
応える代わりに、彼は袋をテーブルに置いた。
疑問を感じながらも袋に手を入れて、中身を取り出した。
中から出てきたのは今、僕の向かいに座る人物が表紙になっている雑誌が10冊程度。
1番上の雑誌を手に取ってパラッとページをめくると、オシャレな格好の山吹くんがカメラ目線でポーズを取っている。
「オレのモデル姿。カッコいいでしょ!」
写真から実物に目線を移すと、褒めてと言わんばかりの満面の笑みを僕に向けていた。
「…僕に見せるために、わざわざ持ち込んだんですか?」
「ダメだった?」
「ダメというか…」
無駄な気が…。
そんな呟きは心中で止めた。
「見せたかったのもあるけど、今後の参考にしろってマネージャーに押し付けられた」
「そうですか」
「ゴメン、ちょっと外すね」
ジャケットのポケットから電話を取り出すと、山吹くんは席を立ってこの場から離れた。
退屈を埋めるように、おもむろに雑誌を手に取った。
付き合う前から、スカウトされてモデルの仕事を始めたとは聞いていた。
(デート中も握手とかサインとか求められて、律儀にファンサービスしてたし)
しかし僕はファッション誌は読まないから、本当にやってるんだな程度の認識しかなかった。
手にした雑誌のページをパラパラめくる。
身を包む多種多様なファッション。
自在に変化する表情や目線。
イメージや雰囲気に合わせたあらゆるポーズ。
改めて見たモデルの山吹くんは純粋にカッコよかった。
「急に離れてゴメン!」
遠くから声が聞こえてきたと同時に、僕は雑誌から手を離して元通りに置いた。
「もう電話はいいんですか?」
「うん、大丈夫」
返事と共にさっきの座席に腰を下ろした。
そして、コーヒーカップの取っ手を持ってブラックコーヒーを口に運ぶ。
その姿も雑誌の1ページのようで、何だか別人に見えた。
(見なければよかった、あんな雑誌)
モデル姿の山吹くんを知るべきじゃなかったという後悔。
彼は別世界の人間で手の届かない存在だという寂しさ。
山吹くんの恋人である優越感以上に、それらが僕の思考を支配した。
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