戻れない2人
高校の同窓会で日野瑛人(ひのえいと)は想い人である青山奏司(あおやまそうし)と再会する。同窓会の終わりがけ、今でも好きだと奏司に告白される。結婚して子供を持って家庭を持った、彼への恋情が瑛人の理性を崩そうとする。瑛人が出した答えとは…?
彼に恋情を抱いていなければ。
鋼のような硬い理性を持って彼を拒絶していれば。
未成年という枠を超えた年。僕は人生で最初の過ちを犯した。
知識も道具もなく、粗末な場所での行き当たりばったりの行為。
当然、痛みも大きかった。
しかし、それ以上の一体感を得られた濃密な時間は未だに忘れられなかった。
*****
「みんな元気かな? どうしてるか楽しみ」
「ああ…そうだな」
楽し気な声で振られた話題に落ち着いて返事をするのは、スーツに身を包んだ日野瑛人だった。
そして会話のきっかけ作り彼の隣を歩く、上品で華やかなレースのドレスに身を包む女性は妻で同級生の日野沙羅だった。
嬉々とした表情で歩く彼女を横目に瑛人は、招待状であるハガキの“同窓会”という文字を凝視していた。
2人が向かっているのは、これから開催される高校時代の同窓会の会場のホテルだった。
「何か、結婚前に戻ってデートしてるみたいで楽しい」
言いながら沙羅は瑛人の腕に抱き付き、付き合いたてのカップルのように距離を詰めた。
(アイツも来るのだろうか?)
子供を実家に預けて家事と育児から刹那の解放感を満喫する沙羅を他所に、瑛人は内心でそんなことを考えていた。
*****
到着した会場では2人と似た装いの男女が集まり、豪華な食事がビュッフェ形式でずらっと並んでいて賑わっていた。
「沙羅!」
場内に入るなり、2人の元に1人の女性が寄ってくる。
「結衣、久しぶり。全然変わっていないね」
(沙羅の友達か…)
「そっちは…日野瑛人くん?」
寄られても親しく接する様子を見て思っていると、矛先が唐突に彼へ向いた。
「そうです」
「沙羅と付き合ってるんですか?」
「結婚したの、私たち」
投げられた質問に沙羅が先に答えると、結衣の表情が疑問から驚きで一杯になった。
「え、うそ、いつの間に結婚するまでの仲になってたの…!?」
「ふふっ、あのね」
「沙羅、僕は少し離れるから」
(このまま一緒に居ると質問攻めにされる)
その状況がすぐ目に見えた瑛人は、返事を聞く前にその場を後にした。
空腹と手持ち無沙汰な気持ちを紛らわすように、彼は食事が並んでいる場所へ足を向けた。
取り分けている最中、沙羅のように何人かの同級生に声をかけられ会話を交わす。
その間も瑛人はチラリチラリと会場内を見渡していて、落ち着きに欠けていた。
(…やっぱり来てないか)
同級生との会話を終えて1人になり、捜している人物が見付からないことに彼は内心で落胆する。
(参加しなければよかった…食事して、頃合いを見て帰ろう)
同窓会の参加を後悔しながら、内心でそう決めていた時だった。
「久しぶり、瑛人」
耳元で自分の名を囁く聞き間違えるはずのない声に、彼は反射的に声の方へ顔だけ向けた。
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