狂い咲くのは僕のストーカー
会社員の一ノ瀬は後輩の矢代と夜遅くまで残業をしていた。そんな矢代に『セックスしよう』と言われた一ノ瀬は幻聴だと聞き流す。だけどその言葉は何度も聞こえ…。そして一ノ瀬は矢代の正体に気づき、逃げ出そうとするが彼に捕まってしまう。過去に自分をストーカーしていた相手に一ノ瀬は深夜のオフィスで抱かれて──。
ストーカーをされていた。
もう何年も前だけど、それはしつこい奴に。
*****
「一ノ瀬先輩、セックスしませんか?」
その言葉に僕はキーボードを打つ手を止めた。
仕事疲れで耳までおかしくなったのだろうか。
缶コーヒーのおすそ分けに来た、後輩の矢代の言葉に苦笑を浮かべる。
「ははっ…まさかなぁ…」
確かめるのも変だし、聞こえないふりを突き通そう。
今は一年で一番の忙しい時期だから、ただの欲求不満かもしれないし。
今日だって日付がすでに変わっていて、僕と矢代しかこのフロアには残っていない。
ほんの十分前までは何人かいたけれど、みんな家庭持ちの先輩だったから、最後の処理を僕と矢代で引き受けた。
缶コーヒーを開け、喉を潤す。
マウスを使って、部長にメールを送信すれば完了だ。
「先輩」
「んー、ちょっと待てなー」
最終確認をして、すべてにチェックをいれる。
書類と対比しながら、すべての業務を終えたことを確認するとシャットダウンをした。
クルリと椅子を回転させて、矢代を見上げる。
「どうした? なにか残ってたか?」
「先輩のおかげで業務は終わりました」
「ん、おつかれ。新人なのによく頑張ったよ、ありがとな」
「…あの先輩」
「んー?」
空っぽになった缶を左右に振りながら椅子を立ち上がる。
缶をひっくり返さないように、背伸びをしてカバンを持つと幻聴が聞こえた。
「先輩、セックスしたいです」
また『幻聴』でいいのだろうか。
いや、さすがに二度も聞き間違いはないだろう。
ゆっくりと振り向けば、矢代が真面目な表情で僕を見つめていた。
眼鏡をかけた優しい雰囲気を常にまとう仕事熱心の真面目くん。
それから一部でウワサされているのは『同性愛者』つまり『ゲイ』。
なめられたものだ。
二年目の社員が、六年目の社員に『セックスしよう』なんてバカにするにもほどがある。
「聞かなかったことにしてやるから、もう二度と言うな」
「どうしてですか? 先輩は上に身体を売ってるんだから、そういうの好きでしょ?」
「君は僕がそんなことをするとでも思ってるのか」
「ええ。──だってあんたは昔からそういう人だから」
低くなったトーンにビクリと肩が震えた。
ゆっくりと矢代を見上げると、彼は唇に笑みを深めて僕を脅迫する。
「俺を覚えてないのは好都合だったよ。それとも覚える価値すらなかった?」
ゆっくりとはずされる眼鏡に、脳内にサイレンが鳴り響く。
過去の姿に重なる矢代に、僕はとっさに走り出そうと背中を向けた。
だけど、あっさりと捕まって背後から包まれる。
「な、んでいんだよ!」
「なんでって…。あんたが俺に探せって言ったんですよ」
首筋に唇を当てられ、スンッと匂いをかがれる。
ガッチリとホールドする矢代に僕は唇をギッと噛んだ。
「ッ矢代! こんなところまでストーカーかよ!」
「ええ。だって先輩は俺のものになるんですから」
メガネを外した彼はニヤリと笑い、逃げることのできない僕をデスクの上に押し倒した。
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