まるで溶けたアイスのような

・作

「ご褒美はおしまい。次は誤字の罰な」僕の部屋に居候をする、ちょっとイジワルな先輩はそう言った。僕、修平(しゅうへい)は、バイト先で接点を持てた先輩、磯崎優希(いそざき ゆうき)に課題を見てもらうために家に呼んでいたが、次第にそれ以上に親しい間柄になっていった。これはそんな彼らの、ある夏の一つの話。

 夏休みも終盤に差し掛かり、ヒグラシも鳴き始めてきた。
 1人暮らしを始めて最初の夏。都会の夏は扇風機でしのげないことを知った。先月分の電気代はまあまあだったが、今月分はどうなるだろうか。

「修平。お前、課題はもう終わった?」

 僕の背後にあるベッドの上から、居候(いそうろう)に近いくらいこの部屋に居座る男がそう聞いてきた。どうせまたゲームでもしているんだろう。上の空な語気だった。

「今ちょうど終わった」

 僕は書き終わったものを保存し、溜息をついてから両腕を天井に伸ばした。足の短いテーブルしかないから、床に座ってパソコンをしなければならなくて首がこる。目も疲れたし、最近になって眼鏡の度数も合わなくなってきた気がする。

「おー、早いじゃん。それじゃあ、ご褒美をあげないとな」
「え。なに、急に」

 ギシ、とベッドが音をたて、次いでトストスと足音が近づいた。背後から右手側に回った足音。ぬっと顔を出して保存したての画面を見ると「懐かしい課題だな」と言って僕の胡坐(あぐら)をかいた足の間に座った。クーラーの真下にいた彼のシャツの背中は少し冷たかった。

 彼、磯崎優希(いそざき ゆうき)は僕の学校の先輩だ。学年はちょうど入れ違いになってしまったけど、バイト先が一緒でそれが接点になった。最初は課題を見てもらうために家に来てもらっていたけど、いまではすっかり僕の家に居座って、さっきみたいにクーラーの下を定位置にしている。

「あ、誤字みっけ」
「……あとで直す」
「もう一個見つけた。これじゃあご褒美はちょっとだけだな」

 彼はそう言うとこちらを向いて座り直った。
 べつにご褒美なんて……と言おうとした口を、彼に塞がれてしまった。わずかに離れて、すぐに熱い舌が僕の唇を割って侵入してきた。彼の口の中はさっきまで飲んでいたのだろう、炭酸ジュースの甘さが残っていた。

 彼の両手が、僕の両腕を手すりのように掴んだ。まるで口の中の唾液をすべて舐めとるように彼の舌が僕の歯列を、舌の裏側を、上顎をはいまわった。硬く尖らせた舌先で上顎をなぞられると思わず腰が跳ねてしまった。

「ン……ふ、はねた。かーわいい」

 薄目を開くと彼は上機嫌でとろけた眼差しを向けていた。バイト中や課題を見てくれるときとは正反対の視線に、僕はまだ慣れない。

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