気難しい先輩とオレの相性について

・作

杉野の仕事の教育係、早川は、美人だがすぐ不機嫌になる気難しい人だった。ある飲み会の帰り、終電を逃した二人は流れでラブホテルに泊まることになってしまう。緊張する杉野に、早川は「一緒に風呂入ろう」と言ってきて…!?早川の誘いに、牧野はどんどん翻弄されていく。

早川さんは少々気難しい先輩だった。

オレの教育係を上司に言い渡された時は、オレ本人の前で全く遠慮なく思いっきり嫌な顔をしたし、オレが仕事の質問をすると驚くくらい不機嫌になった。

しかし神経が図太いことが自慢のオレは、気にせずに質問しまくり、彼のあとをついて行きまくり、挙句の果てには早川さんの方が音を上げて「あいつをどうにかしてくれ」と上司に懇願しに行ったくらいだった。

彼のその願いは受け入れられず、いまだにオレの教育係は早川さんだ。

そんな風にしばらく付き合っていくうちに、オレは、彼がただメンドクサイ先輩なだけではないと思い始めていた。

まず、仕事がとんでもなくできる。

そして、子供のように素直に不機嫌になったりご機嫌になったりするさまは、なんだかちょっと、可愛かった。

同僚にはドエムなのかと心配されたが、そういう性癖はないと思う。

自分でもよくわからないのだ。

なんでこんな人に、自分がこんなに懐いてしまっているのか。

*****

それは飲み会の帰りだった。

駅のベンチに座り込んで眠っている早川さんを、オレはそっと覗き込んだ。

アルコールで薄く朱を帯びた頬に、長いまつ毛の影が落ちている。

『黙っていれば美人』と、女性社員が彼の噂をしているのを聞いたことがある。

確かに、今まであまり気にしなかったけれど、近くで見ると彼は随分と整った顔をしていた。

スッとした鼻筋に、陶器のような白い肌。

オレと違って柔らかそうな髪がサラサラと微かな風に揺れている。

いつも眉間にしわを寄せているその人は、見たことのない緩んだ顔で薄い唇をむにゃと小さく動かし、そしてまた静かになった。

「早川さん」

おおよそ起こす気のないような声量で呼びかける。

「終電、行っちゃいましたよ」

反応はない。少し考えて、オレは言った。

「そんなに無防備で、襲われても知りませんよ」

すると一拍置いて、

「…へぇ、誰が? 誰を?」

と、彼の口がニヤと弧を描いた。

「うわっ」

眠っていると思っていたので、驚いてのけぞる。

どこか楽しそうに、白いまぶたの下から鋭い眼光がオレのことをにらんでいた。

「冗談ですってば。起きてるんならそう言ってくださいよ」
「今起きたんだよ。お前がうるさいから」

うんざりとした顔でそう言って、彼は腕時計に目をやった。

「うわ、終電ないじゃん」
「そう言ったじゃないですか」
「なにやってのおまえ。役立たず」
「いや、あんたがオレの服の端を握りしめたままそこで爆睡してるから、どうしようもなかったんですって…。結構飲んでましたけど、大丈夫なんですか?」
「おまえの服を握りしめたまま? え、キモいね」
「いや、大丈夫ですけど…」

進まない会話に、はは、と苦笑する。

彼は落ち着かないふうに腕をさすりながら少し考えると、ぽつり、と言った。

「悪かったな。タクシー代だすよ」
「え、早川さんはどうするんですか?」
「俺はどっか泊まってく」
「あ、じゃあ、オレもそうしようかな」
「は?」
「いや、オレ、家遠いんでさすがに払ってもらうの悪いし、二人で泊まった方がホテル代安くなりません?」
「でも…」

そこで彼は少し言いよどむ。

難しい性分の人だ。

恐らく誰かと泊まるのは嫌いなのだろう。

怒られるか…?と、提案したことを後悔しかけた、その時。

「おまえなら、いいか」

そう小さな声が聞こえて、オレは思わず彼を見た。

「えっ」
「ホテル探してこい。安くてキレイなとこ。五分以内」
「えぇ!?」

容赦なくはじまったカウントダウンに、オレは慌ててスマートフォンを取り出した。

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