恋の終わりは陽だまりの匂い

・作

予備校で講師をしている朝井は、一風変わった23歳の生徒に密かに恋をしていた。最後の講義の日、もう彼に会うことはないのだろうと寂しく思っていると、その生徒が声をかけてくる。「飲みに行こう」と言われてついて行くと、流れでホテルに行くことになってしまい…。『なにもせずにサヨナラするよりいいかもしれない』。二人は酔った勢いで体を繋げてしまうが―。

好きな人がいる。

講師をしている予備校の生徒で、一度大学を出てから、違う大学に入りなおそうと勉強している23歳の男性だ。

受験日はもうすぐ。

今日は、受験前の最後の授業だった。

「センセ、今日も、いい?」

授業が終わり、生徒たちがまばらに帰るなか、いつものように彼は僕に声をかけてきた。

僕は答える。

「どうぞ」

すると彼は言う。

「ここが、ちょっとわかんなかったんだけど…」

この時間が、僕は好きだった。

*****

「ああ、わかった。ありがとう。やっぱわかりやすいね、朝井先生の教え方は」
「どうも。でも、きみの方が頭はいいけどね」
「やさし」

ふふ、と彼が笑う。

その優しい笑顔に僕は頬が熱くなった。

彼はとても聡明な生徒だった。

僕が何かを教える必要なんてあるのかというくらい賢く、大卒済みという年齢を踏まえても大人びていて、スポーツも得意だというしっかりとした体つきは、とても女性にモテそうだった。

しかし彼には恋人がいないという。

「今は勉強したいからさ。誰ともそういう関係になる気はないよ」

以前話の流れでその言葉を聞いた時、僕はホッとして、同時に悲しくもなった。

そして悲しくなった自分にあきれた。

もし彼に恋人を作る気があったとしても、その対象が僕になることなんて絶対にないのに。一丁前に悲しくなるなんて、とんでもなく滑稽でバカみたいだった。

テキストをリュックに仕舞う彼をぼんやり見つめながら、僕はふうと息をついた。

授業後こんなふうに彼と話すのも今日が最後だ。

彼は余裕で志望校に合格するだろう。

合格発表後、「センセ、受かったよ!」なんて報告ぐらいはしに来てくれるかもしれない。

けれどそれが終わったら、きっともう会うことはない。

同じ授業を取っている女子高生とお喋りをする彼を見て苦しくなることも、もう終わりだ。

授業中の彼の真剣な瞳にドキリとすることも、終わり。

よかった。

やっとで解放される。

もう彼に会うことは、きっとない。

…苦しい。

「センセ」

呼ぶ声に、僕ははっと顔を上げる。

「もう一個、聞きたいことあるんだけど」
「…うん?」

彼は真っすぐにこちらを見て、ニッといたずらっ子のように笑った。

「今日、この後、空いてる?」

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