恋の終わりは陽だまりの匂い (Page 2)

最後だし、飲みに行かない?

と、誘われた。

「きみ、もうすぐ本番だろ」

と慌てて言ったけれど、

「今日一回飲みに行ったくらいで、俺が落ちると思う?」

なんてニヤリとされたら、「それはない」としか言えなくて、結局飲みに行くことになってしまった。

彼が連れてきてくれたのは、落ち着いた雰囲気のバーだった。

仕事のスーツのままで恥ずかしいと呟くと、

「全然! 先生のスーツいつもオシャレだよ。俺なんて、見て。リュックだし」

あはは、と彼が笑うので、僕は優しさに苦しくなりながらも一緒に笑った。

運ばれてきた料理はどれもおいしかった。

仕事場と家の往復ばかりで飲みに出るなんて久しぶりだったので、余計に箸も酒もどんどん進んだ。

そんなに弱いわけではないはずなのに、気が付いたらふわりと酔っていて、最初の緊張が解けて僕は楽しくなっていた。

「先生の授業、俺、本当に好きなんだよね」
「それ、さっきも聞いた。でも、ありがと」
「何度も言いたいの。もともと勉強は好きだけど、先生のおかげで、予備校通うの、余計楽しくなったもん」

彼も酔っているのか、ふわふわとした口調でよくしゃべる。

その顔は楽しそうで、並びのいい歯を見せて笑う顔は、いつもよりちょっと幼く見えた。

「先生って、なんで予備校の講師になったの?」

彼が、少し茶色混じりの瞳でこちらを見る。

僕は吸い込まれるようにその目を見つめながら、笑って言った。

「そんなの、興味ある?」
「あるよ。知りたい、先生のこと」
「へんなの。僕は昔、学校の先生だったんだ。でもちょっとうまく行かなくて…辞めちゃって。とりあえずと思ってあそこで働き始めて、なんか、そのまま今に至るって感じかな」
「へぇ」
「面白くない話でごめんね」

情けない話をしてしまった、と少し後悔して謝ると、彼は目を丸くして言った。

「え、面白いよ。俺もさ、大学卒業したあとになんか違うなーって思って、結局また違うことしようとしてるし、なんでもやってみないとわかんないよね」
「…うん」
「うん、だって。かわいい。先生酔ってる?」

目を細めて笑う彼が、こちらを覗き込んでくる。

存外近い距離に、僕は小さく息をのんだ。

瞬間、彼がふわりと僕の頬に手のひらで触れた。

「…っ!」
「わ、センセ、熱いね。大丈夫?」
「っだ、だいじょう、ぶ」
「ほんと? 気持ち悪かったり、しない?」
「しないっ」

ブンッ、と首を振ると、頭がくらりとした。

平衡感覚を失って、座っているはずなのにまるで初めて空を飛んだみたいに、どうやって真っすぐになるのかわからなくなる。

次の瞬間、僕は彼の腕の中にいた。

「わ、せんせ、大丈夫!?」
「ご、ごめんっ、なんか、ふらっとして」
「急に起きない方がいいかもよ、もうちょっとこうしとく?」
「え、いや」
「いいよ、体重かけて」
ふふ、と彼の笑う声がする。

彼の体は陽だまりのような匂いがして、僕は小さく息を吸い込んだ。

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