美味しい恋人

・作

ジュンヤは星付きの和食店で修業を積んだ料理人。日本画家で恋人のカホは偏食だが、ジュンヤが作る食事だけは大好きで、毎日作ってほしいとプロポーズしてしまうほど。ある日、カホの作品を集めた展覧会が行われることになり、特別招待券をジュンヤにプレゼントする。新作として展示されていたの絵にジュンヤは──?

 恋人のカホは偏食だ。
 アレルギーはないし苦手な食材も少ない。
 ただ、和食しか食べない。
 もはや日本人の食生活に馴染んでいる洋食や中華すら口を付けてくれないのだ。

 初めて会ったのは当時オレが勤めていた星が付く和食店。
 最初は別の客に連れられてきたのがきっかけだったが、オレの料理の味を気に入ってくれて一人で店に通ってくれるようになった。
 高級和食料理屋に通うには大分若く見えたが、絵を描いて生計を立てているという彼はなかなかに太い客で。
 年齢が近かったこともあって、徐々に親しくなって美味いもの探しに小旅行にいったりして。

 偏食具合を知ったのも恋人になったのもこの頃だったと思う。
 和食の味付けでないと口に入れることすら嫌がる上に、自分でどうにかするにはバリエーションが少なく食事に飽きてしまい、食べることに消極的になっていたときいて驚いた。
 何せ、カホはオレが作る料理をいつでも嬉しそうに食べてくれたから。

「ジュンヤさんのごはんはね、僕の知ってた和食の範疇(はんちゅう)を越えてるの。すごいね、魔法みたい」

 和食の名店で伝統の技を学びつつ、世界中から新しい食材が手に入る時代だからこそ現代の和食にも重きを置く。
 それがカホにクリティカルヒットしたというのだから、人生何が起きるかわからない。

*****

 付き合い始めてちょっと経ったころ念願叶って店から独立することをカホに伝えると、我がことのように喜んでくれた。
 運よく一等地のちょっと路地裏に創作和食の店を構えることができた。
 喧騒(けんそう)から遠すぎず、近すぎず、移りゆく季節を食で彩る日本人の愛する四季の食事処。
 忙しくはなったが、新しいメニューは必ずカホに一番最初に味わってもらったし、新しい美味を求めて日本各地へ2人で旅行するのも続けている。

 ──…そんなある日のことだ。

「あのね、今日は報告があるんです」
「なーに?」
「これ!」

 満面の笑みで見せてくれたのは…1枚のチケット。
 特別招待券と書かれたそれは、間違いなく。

「…カホの展覧会か!」
「そう!」

 都内の大型商業ビルの中にある美術館で行われるという企画展のため、カホは忙しい日々を送っていた。
 会場の一部は若手日本画家の作品が並ぶらしいが、それ以外のほとんどはカホの絵が展示されるという。
 カホの努力を間近に見ていたからオレまで嬉しくなる。

「それでね、ジュンヤさんにもきてほしくて。お店忙しいだろうけど、どうかな」
「絶対いく」
「やった! 僕が案内するからね」

 ちょっと子供っぽく、幸せそうにくふくふ笑うカホが可愛い。
 カウンター越しに顔を寄せると、笑みを浮かべたままの口唇がくっ付いて、つたないキスに2人で笑ってしまった。

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