今日は君の言うとおりに!
仁志(さとし)は一緒に暮らしている恋人、明(あかし)の誕生日をすっかり忘れていた。明の大好きなスイーツを買った仁志は、仕事が忙しかったとはいえ大切な日を忘れていたことを素直に謝る。明の誕生日が終わるまではまだ時間があると思った仁志は、明の言うことを何でも聞くと伝える。「風呂に入り、服は着るな」と言われた仁志は裸で明の前に立ち…。
「これでよしっ、と…」
ここ数日抱えていた大きな案件をメールで送り、大きく伸びをする。毎日10時間近くパソコンとにらめっこをしていたせいか、体からばきばきと音がしそうなくらい固まっていた。
「島くん、お先に失礼するね」
俺の向かいで作業をしていた先輩が小さく頭を下げて立ち上がった。恵比寿(えびす)様のような笑顔を向けられる。
「今日は早く帰れそうでよかったね。華金(はなきん)、楽しんでね」
「え?」
カレンダーに印(しるし)がついてるよ、と言いながら先輩はオフィスを出て行った。
残された俺は、カレンダーに目をやる。
「あーっ!」
今日の日付が太い赤丸で囲まれていた。
「やばいっ。絶対やばいっ!」
俺は慌てて帰り支度をした。
外はすでに日が落ち、にぎやかな街の明かりが空をうっすらと染めていた。
*****
今日は、明(あかし)の誕生日だ。
明は高校の同級生で、アメフト部の人気生徒。がっしりとした体格のイケメンで、初めて見たときから好意を抱いていた。
卒業のときに明からコクられて付き合いが始まった。大学3年生で同棲(どうせい)を始め、小さなケンカをいくつか乗り越えて5年が過ぎた。
小さなケンカの原因はだいたい俺にある。
明は記念日を大切にしている。
初デートの日とか、初めてキスした日とか…、細かいことをしっかりと覚えていた。
俺はといえば…自分でも驚くぐらい覚えていなくて、それがケンカに発展してしまうのだ。
フリーランスで仕事をしている明は、メディアで取り上げられるぐらいのウェブデザイナーだ。
どんなに仕事が立て込んでいても、俺たちに関わる日は忘れたりしない。
なのに、俺ときたら…。
これは忘れやすいということではなくて、俺の記憶力は目の粗いザルなのかもしれない。
今日だって仕事に忙殺されて大切な明の誕生日を忘れていたのだから。忘れないようにカレンダーに赤丸をつけていたのに、それさえも忘れていたなんて…。
誕生日のプレゼントを用意できない代わりに、明が好きなスイーツ屋さんで明が好きなケーキを詰め合わせてもらう。プレゼントは帰ったらゆっくりと考えよう。明が喜んでくれるようなプレゼントを…。
*****
「明、ただいまっ!」
家まで走った勢いそのままにドアを開ける。温かな空気とともにおいしそうな匂いが鼻をくすぐる。
「おかえり、仁志(さとし)」
「誕生日、おめでとうっ!」
俺はリボンをかけてもらったケーキの箱を明に差し出した。
明のがっしりとした大きな手が俺に重ねられる。温かい体温がじんわりと俺の手に伝わってきて、心地よい。
ありがとう、と明はケーキの箱を受け取り、料理が並んだテーブルにそっと置いた。料理から立ちのぼる湯気で明の笑顔がぼんやりとにじんだ。
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