俺達の始まり (Page 2)
「よかったらこれから2人で、飲みに行きません?」
やっと終わったと思った直後、席を立った俺に間髪いれず、マサヤがそう誘ってきた。
「それはいいですね」
と返しているのは俺のマネージャー。次いで、マサヤのマネージャーもポンと手を打って頷いた。
「ですね!これまで共演することもなかったですし、親睦を深めるためにも2人でゆっくり話してください!」
なにを「あとは若いモンに任せて」みたいなノリで話してるんだ、と突っ込みたくなったが、ここで頑なに断るのも今後に響くかもと思うとなにも言えない。
結局、もしもファンに見つかったら騒ぎになる、まだ情報解禁前というのを考慮して、マサヤの家で宅飲みをすることになった。俺の家なんて死んでもゴメンだし、マサヤはつい最近引越ししたばかりらしく部屋も綺麗だからという理由で。
*****
マサヤのマネージャーに車で送られたのは、新築のタワーマンション。まだ若い、デビューして3年も経ってないぐらいでこんないいマンションに住めるのか、と思うと、マサヤ達アイドルの人気と待遇にひそかに衝撃を受けた。
俺が俳優になって3年の頃なんて、ワンルームの古くて狭いマンションだったのに、と。
やっぱりコイツ、嫌いだ。なんて思ってしまうのだ。
マサヤの部屋は当然のように高層階で「引っ越したばかりで何もないんですよ」と言う玄関は、無駄なものがないぶん、余計に広くみえた。
広いリビングでマサヤと2人、マネージャーが適当に買ってきてくれた酒とつまみで乾杯する。
リビングも、ものが少なくシンプルに片付いているが、壁にくっついているS字型のオープンラックの1つに、お世辞にも綺麗とはいえない靴が1足置かれていた。
「あれ、なに?」
思わず聞けば、マサヤは缶ビールに口を付けながら目を細めた。
「あれは、デビュー前まで履いてたダンスシューズです」
「すげー使い込んでるね」
「1年履いたか履いてないぐらいですけどね、デビューするまでに15足ぐらい買い替えてるんで」
「そんなに?」
思わずそう返せば、マサヤは頭をかいて笑った。
「オレ、19でデビューできたんですけど、養成所に入ったのは10歳の頃で。ダンスも歌も飛び抜けて才能があったわけでもないから、認めてもらえるようにって毎日必死だったんです。同期のやつはどんどんデビューしていくし、置いてかれないようにってがむしゃらで」
結局デビューするまで9年掛かりましたけどね、とマサヤは自嘲気味に言う。
「今は、ありがたいことにいろいろ仕事ももらえてますけど、それが当たり前じゃないんだってこと忘れないように、その靴飾ってるんです」
正直驚いた。デビューしてすぐに人気が出ていいマンションに住めて、女性からキャーキャー言われて。
たいして苦労もしてきてないと思っていたけど、ここまで来るのに相当な努力があったようだ。
というか、10歳からこの世界に入ったんなら芸歴だって俺より先輩じゃないか。
アイドルだから、という偏見をもってしまっていたことを、後悔した。
「今回の仕事も、頑張りたいって気合入ってるんです。これも、早速買って読んでます!」
そう言ってマサヤが見せてきたのは、今回俺達が出演するドラマの原作であるBL漫画の単行本だった。
俺だって、出演する作品の原作があれば読むタイプだ。けれど今回に限ってはBL漫画ということもあって、読む気にならなかった。マネージャーが原作を買ってくると言ってきた時も「いらない」と断っていたのだ。
「え…読んだ、の?」
俺がそう聞けば、マサヤは当然のように頷いた。
「はい!あ、ハルトさん、まだ読んでないなら読みます?」
言って、キラキラとした笑顔には不釣り合いにも思えるBL漫画を手渡されるので、無下にもできず受け取ってしまった。
ストーリーは大まかには知っている。
俺が演じるサラリーマンの男は婚約者に振られたあげく、転勤で見知らぬ土地に引越し、マサヤの演じる東京に憧れているミュージシャン志望の青年と出逢いやがて2人は恋に落ちる。
ペラペラと漫画を流し見ていた俺は中盤ぐらいのページで手を止めた。というか、それ以上ページを進めることに抵抗を覚えた。
マサヤは、ページをめくる俺の手が止まったのを見て、ヒョイと隣から覗き込んできた。
「あ、こういうの抵抗あります?」
「いや…ってか、お前は、抵抗ないの?」
あっけらかんと聞いてくるマサヤに逆に聞き返した。
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