医療従事者たちの最高の薬は淫らな欲望の解放
内科医の真山仁志(まやまひとし)と薬剤師の秋村類人(あきむらるいと)。同じ病院内で働く同僚で恋人でもある彼ら。ある勤務日、類人の元に仁志の処方箋が届く。類人が他のスタッフに尋ねると、最終の診察後に倒れたと聞かされる。勤務後、見舞いで薬を届ける口実で仁志の病室へ類人は向かう…。
“真山仁志”
職場である調剤薬局でその名前を目にした時、秋村類人は職務を放り出してその人物の隣に居たい衝動に駆られた。
*****
「まったく、仕方のない奴だ」
ベッドで規則正しく寝息を立てる恋人の仁志を見ながら、類人は呟いた。
“最終診察の後に倒れられたそうなんですよ”
類人が仁志の処方箋を見てスタッフに尋ねると、そんな応えが返ってきた。
総合病院で内科医として勤務する仁志、そこに併設された薬局で薬剤師として勤務する類人。
正確な情報の共有は容易だった。
そうやって仁志が当てられた病室に来るまでの経緯を振り返っていた時だ。
「んっ…」
ベッドで眠ったままだった恋人が、短く呻くような声を上げながら小さく身じろいだ。
そのまま顔面の至る部分を動かすと、仁志はとうとう目を上げた。
「気付いたか?」
「何故お前が、と言うかここは?」
「ここは院内の病室で、お前は最終の診察の後に倒れたんだ」
寝惚け眼の仁志に淡々と説明しながら、類人は彼に眼鏡を強引に手渡した。
受け取った所有物を手探りで広げると、仁志はそれを耳にかけて視線をクリアにして定めた。
「過労が原因だそうだ。一体、どれだけ根詰めて仕事をしていたんだ?」
心配の色を含めた声でやんわり叱ると、次は処方箋に準じた飲み薬の入った袋を受け取らせた。
「明日には退院できるだろう。退院したら、しばらくは休養しろ」
「手間を取らせたな…すまない」
「そう素直に謝られると、気が狂うな…」
「非を素直に認めて何が悪いんだ、失礼な奴め…!」
「はいはい、僕も悪かった」
「ふんっ…!」
子供をあやすようなあしらいに機嫌を斜めにする仁志に、類人は思わず笑みを溢した。
「じゃあ僕はもう行くよ。久しぶりに顔が見られて安心した」
腰を上げてパイプ椅子を折り畳むと、類人はこの場を後にしようとする。
「待て」
背中を向けて部屋を出ようとすると、仁志の力強い一言が類人の手の動きを止めた。
「まだ何か用か?」
「用があるのはそっちだろう?」
核心を突くような仁志の言葉に、類人は背中を向けたまま眉頭をピクリと動かした。
「僕はただ、見舞いついでに薬を届けに来ただけだ」
「いつものお前なら、そんな無駄なことせず正規の手続きを踏むだろう?」
平常心を保ったまま、類人は仁志の方へ振り返った。
「他に特別な用があるからここへ来たと? 自惚れてるのか?」
“そんな訳ないだろう”
羞恥を隠すように強がりながら否定するのを予想していたが、仁志の行動は違っていた。
「…自惚れて悪いか」
微かに頬を染めながら言われた想定外の答えに、類人の思考は一瞬だけ途切れた。
しかし…
(そんなに弱っているのか…)
思考が動き出すと彼の中に、愛しさと同時に不謹慎な感情も込み上げてきた。
お互いに激務な期間が続いて近いながらも、すれ違いの生活を送ること数ヶ月。
完全に日も落ちて患者や職員、来院者の通りもほぼない2人きりの室内。
そして…
(僕の忍耐力も大したことないな)
類人の禁欲生活の限界。
—―ガチャッ
静かな室内に、後ろ手で施錠された音が大きく響く。
「悪くないよ、自惚れてる仁志も」
手にしていた荷物を放り投げるよう乱雑に置くと、類人はベッドまで戻った。
「寧ろ、本能剥き出しですごく興奮する」
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