戻れない2人 (Page 6)
「…会えて嬉しかった」
「オレも嬉しかった」
「じゃあ、元気で」
「下まで送らせてよ」
その言葉に瑛人は口をつぐんだ。
しかし押し寄せる罪悪感が、別れを惜しむ感情を上回ったのは一瞬だけだった。
「…わかった、送ってくれ」
(大丈夫…これで、これで最後だから)
複雑な感情を抱えたまま、瑛人は奏司と部屋を出た。
その直後だった、瑛人の罪悪感が最悪の状況で現実と化した。
「2人って…嘘、でしょ」
部屋を出た先に居たのは、瑛人の妻の沙羅だった。
(何で、どうして、いつからここに?)
頭では、聞きたいことが止めどなく湧き出ている。
しかし上手く口を動かせない瑛人は、驚きや悲しみに満ちた妻を見詰めるしかできなかった。
「ちょっと、言い訳の1つでもしてよ、瑛人。瑛人!」
声を荒げて掴みかかられても、彼は抜け殻のように無抵抗だった。
「やめてください」
そんな瑛人をさすがに見てられなかったらしく、奏司は鋭い声で制止しながら沙羅を引き剥がした。
「お願いです。私から、彼を取らないで、くださいっ。やっとの思いで結婚、したのっ…瑛人は私のすべてなの!」
目に涙を浮かべて思いをぶつけると、沙羅は泣き崩れてその場にへたり込んだ。
そんな彼女を目の当たりにした瞬間、瑛人の頭の中で何かが音を立てて崩れた。
すると、沈黙を守っていた彼の唇がとうとう言葉を紡いだ。
「…ゴメン、沙羅」
絞り出された言葉に乗った瑛人の声が、沙羅の泣き声に混じって無感情に冷たく響いた。
Fin.
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