小説家は淫蜜な罠を仕掛ける (Page 2)
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数日後。
「また会えて嬉しいよ、成海君」
「こ、こちらこそ…」
ホテルのレストランで、成海は風野と向かい合って座っていた。
サイン会の日、帰宅した成海が勇気を出してメッセージを送ってみると、すぐに風野からの返信があった。
何度かのやり取りの後に、「小説の参考にしたいから、成海君のことを教えてほしい」と誘われ、二人きりで会うことになったのだ。
「この仕事をしていると、なかなか若い男の子と知り合う機会がなくてね。キャラクター作りに活かしたいから、今日はいろいろとインタビューさせてよ」
気さくに接してくる風野に、成海は恐縮した。
「本当に僕が、先生のお役に立てるんでしょうか?」
「もちろんだよ。ほら、美味しいものいっぱい食べて、楽しくお喋りしよう」
風野は爽やかにウィンクしてみせると、慣れた仕草でウェイターを呼んだ。
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最初こそ口数が少ない成海だったが、聞き上手の風野にリードされて、気付けばすっかり打ち解けていた。
「お仕事、頑張ってるんだね。花屋だなんて、成海君のイメージにぴったりだな」
「いえ、そんな…」
風野は自身の笑みを深めると、意味ありげに問いかけた。
「じゃあ、次は成海君の恋愛について教えてもらおうかな。恋人はいる?」
成海の顔が、見る見るうちに赤くなる。
「先生、ごめんなさい。僕、今まで誰とも付き合ったことがないんです」
恥ずかしそうに打ち明ける成海を見て、風野は意外そうな表情をした。
「謝ることはないよ。そうか、モテそうなのにな。どんな人が好み?」
「それは…」
以前の成海であれば、それは風野の小説に出てくる男性だった。
でも、今は。
「風野先生みたいな人が、好きです」
勇気を出して答えた成海だったが。
「…あれ?」
突然、身体がカーッと熱くなった。
心臓の鼓動も速くなっている。
頭の中が、薄いベールがかかったようにぼんやりしていた。
「どうしたの?具合が悪い?ホテルの部屋で休もうか」
風野の声を遠くに聞きながら、成海は力なく頷いた。
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