初恋アバンチュール
巽は整った容姿から異性からモテてきたが「求められている感じがしない」という理由でいつもフラれていた。彼女と別れたばかりのある日、友人に誘われ訪れたバーで鹿野という男にナンパされる。最初は興味がなかったが彼の扇動的な言動に惹かれ一夜をともにし、巽は自分も知らない激情に出会う——。
「お兄さん、おとなりいいですか」
にぎわうクラブの隅、バーカウンターの隅でひっそりひとりで酒を飲んでいた巽に声をかけてきたのは、黒髪の男だった。
五、六歳は年下だろう、浮かべている笑みは人懐っこく好青年という感じがするが、覗いた耳朶には左右ともにピアスがいくつも飾られていた。
こんなところにもきているくらいだ、相当やんちゃに違いない。
「まだ席、たくさんあるだろ」
「お兄さんのとなりに座りたいんですよ」
変わらず笑んだまま引かない男に、巽はわずかに眉をひそめた。
ここはクラブ「アバンチュール」、酒を飲み音楽を楽しむだけでなく、出会いを求める人間が集まる場所だ。
周囲を見回せばあちこちで男女が親密に会話をしており、巽が入店してまだ三十分も経っていないが、手を繋いで店を後にする者たちもいくらか見かけた。
だが、巽は彼らのようになりたくてここにきたわけではなかった。
*****
学生時代からの親友が、クラブ「アバンチュール」では最高の出会いを得られるらしいという噂をネットで見つけて巽を誘ってきたのだ。
「職場は男ばっか、仕事も多忙でここ最近彼女もいなければご無沙汰なんだよ。お前もこの間彼女と別れたって言ってたろ? 一緒に新しい出会いを探しにいこうぜ」
と半ば強引に引っ張ってこられた。
彼の言うとおり、巽はつい先日、三ヶ月付き合っていた彼女と別れた。
「求められている気がしない、私だけが巽のこと好きみたいで辛い」と振られた。
これまで付き合ってきたどの彼女からも言われてきた文言だったが、巽はこれまでも今回も反論することはしなかった。
巽は誰と付き合っても好きの言葉が自然と頭に浮かんだこともなければ愛を囁いたこともなく、キスもセックスも求められてはじめてするものだった。
ここ最近では自分に肉欲や恋愛感情はないのかもしれないと思いはじめていたところに別れを切り出されたから、しばらく恋愛からは遠ざかろうと思っていた。
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