狐は贄を溺愛する
悠が住まう村は干ばつの危機に瀕しており、最後の手段として狐神に生贄を捧げることとなった。大切な家族や友人が犠牲になることを恐れた悠は自ら生贄に志願した。社で祝詞を唱えた悠は顕現した狐神に食われるかと身構えたがキスをされ――。
――ああ、また晴れてしまった。
目覚めとともに窓から差し込んだ煌々とした光に悠は嘆息した。
悠の住まう村ではかれこれ三か月は晴天の日が続いていた。
たまに降る雨もささやかなもので、作物は次第に干からびていく。
村人たちの憂いは募り、日々嘆きの声は増していく。
先日に行われた長老集会ではついに、神様に祈るしかないと生贄を捧げる案が出たらしい。
古くからこの村で崇めているのは、狐の男神だった。
通説として男神は若く瑞々しい女を好むことから、生贄の候補には悠の妹や同世代の旧友の名が挙げられたという。
そして、次の満月の晩に生贄を選定し、捧げられることが決まった――それが、今夜だった。
今日奇跡的に大雨が降れば誰も選定されることなく平穏が戻ってくるのではないかと期待していた。
しかし、現実はままならない。
妹や幼いころからともに遊び学んできた旧友、大切な人々が神様に捧げられ命絶えてしまうかもしれない。
それは想像するだけで恐ろしくて、悲しくて、だから、悠はかねてから考えていたことを実行することにした。
朝一で集会所に向かい、額が畳に擦りつくほどに平伏した。
「俺を生贄にしてくれませんか」
そこにいた村長をはじめとした長老たちは息を呑んだ。
悠は男だが、男らしい容姿に恵まれなかった。
背丈こそは平均程度まで育ったものの、筋肉があまりつかず、顔立ちも頬はまろく瞳が大きくといった男らしくない…女みたいな顔と何度も揶揄されてきた。
今まではこの容姿が嫌いだったが、しかし、此度は役に立つかもしれないと思った。
女みたいな顔である悠は幼いころから今まで女性陣によってさんざん着せ替え人形にして遊ばれてきた。
化粧し華やかな衣服をまとった悠は大変かわいらしい見目になった。
ともすれば自分の性が分からなくなるほどで、それがっきかけで旧友の男に懸想されたこともあった。
小さな村だ、誰もがその出来事を知っていたから、長老たちは一蹴することなく熟考し話し合ってくれた。
彼らの中にもやはり若い女子はためらいがあったらしい。
悠の懇請は叶い、そして満月が浮かんだ夜――悠は美しい化粧と白無垢をまとい、狐の男神を祀る社へと続く長い階段をひとりきりでのぼることとなったのだった。
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