行き倒れ吸血鬼に見初められました
大学生の奏は飲み会の帰りに具合が悪そうにしている男に声をかけた。そこからの記憶が途絶えている奏は、目が覚めたら知らない部屋にいて、そこに昨夜に声をかけた男がやってきた。彼はルイという名前でなんと吸血鬼だという。ルイは奏の血を気に入ったようで、番(つがい)になってほしいと申し出てきて——。
優美に煌めくシャンデリア、ステンドグラスの窓。
座っているベッドのマットレスは薄紗の天蓋に囲われている。
それらが揃ったこの豪華な部屋は、奏が上京してから三年間暮らしてる大学寮のワンルームより五倍は広かった。
目が覚めたらそんなところにいたものだから、奏はまずこれは夢ではないかと疑った。
しかし頬を抓ってみたらしっかりと痛いし、意識もはっきりとしている。
朧げなのは昨夜、飲みの帰りの記憶だけ。
楽しい雰囲気は好きだが奏は自身は下戸であるため、飲み会には積極的に参加してもアルコールはいつも最初の一杯しか飲まない。
だから昨日も多少ふんわりとした心地はあっても意識をきちんと持った状態で帰路に就いたはずで…。
そうだ、自宅の最寄駅についたところで、電柱の側にうずくまる男を見つけたんだ。
困っている人を放っておけない性質の奏はためらうことなく近づき声をかけた。
奏の呼びかけに持ち上がった顔は、紙のように真っ白な色をしてはいたが、目鼻立ちがくっきりしていて大変に美しかった。
奏よりは少し年上だろうか、よく見れば長い腕に抱えられた脚は窮屈そうで、この状態でも相当に恵まれた容姿であることが窺えた。
「大丈夫ですか」
奏の問いに男は首を横に振った。
「タクシーとか、救急車とか呼びますか?」
男はまた首を横に振る。
奏は少し困った。
「えっと…家、この辺ですか?お送りしましょうか?」
「…お腹が、空いた」
まさか、空腹での行き倒れだったとは。
男は品のいい白シャツと黒いスラックスをまとっていて、とても懐に困っていそうには見えない。
いったいどんな事情があるのだと不思議に思ったが、とりあえずは助けるのが先だと奏は口を開いた。
「じゃあ、そこのコンビニでなにか買ってきますね。おにぎりとか食べれそうですか?」
「買ってこなくていいよ」
「え、でも」
「君は優しいね」
きょとんと瞬く奏に男は微笑んだ。
それから男の手がふいに、奏の首元に伸ばされた。
「おにぎりはいいから、君をちょうだい」
それからの記憶が途切れていた。
と、奏は首筋にちくりとした痛みを覚えた。
触れてみると、かさりとしていて、瘡蓋ができていることが分かった。
覚えのない、小さくて丸い瘡蓋がふたつ。
不思議な状況と怪我に眉を顰めたとき、きぃと音を立てて、部屋のドアが開いた。
「あ、起きたんだね。おはよう、奏くん」
そこには昨夜出会った、美しい男が立っていた。
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