今日もご主人様に満足してもらえるようにがんばります!
とある山の頂上にある屋敷の主人は、大の女嫌いで使用人は皆男ばかりである。しかし、身の回りの世話をするものはメイド服を着用するよう義務付けられていた。ある日、屋敷で一番小柄な「イチ」は主人に「今晩部屋に来るよう」命令される。
とある山頂に立派な屋敷があった。麓から全長が拝めないほど、広い白を基調とした外観の洋館だった。
そこには大企業の御曹司が暮らしていた。
大の女嫌いで母親でさえ顔も見たくないと、元は別荘だった屋敷に住み着いている。
広い屋敷に独りで手入れが出来るわけがなく、使用人が数人住み込みの形で仕えていた。
屋敷でのルールは屋敷の主人だ。
使用人はたとえ仕事が終わっていなくとも、命令とあらば何をおいても優先させなければならない。
イチは窓ふきをしていた。
首元で揃えたボブカットの頭には三角巾を被り、腕まくりをし雑巾を握り、窓を磨く。
身体が動くたび、腰で結んだリボンが揺れていた。
「イチ」
「!…はい!」
気づかなかったと慌てて、イチは背後を勢いよく振り向った。
名を呼んだのはすらりとした高身長の屋敷の主人だった。
名前にとてつもない嫌悪感があるらしく、名前以外だったら好きに呼んでくれと言われ、使用人達は「ご主人様」や「主様」、高齢の使用人は「坊ちゃん」と呼んでいた。
イチは本名を知らないので初めから「ご主人様」と呼んでいた。
「気づかず申し訳ありません」
「いいよ。掃除頑張ってるね」
「あ、ありがとうございます」
ふわりと微笑まれ、イチは顔を赤らめ頭を下げた。
屋敷の主人は若く、誰もが目にしたらうっとりとしてしまうほどの美貌の持ち主だった。
外出しない生活もあって病的なほど色白で、傷ひとつない肌。微笑むと散る前の花びらのように儚げな印象を与える。
「イチ、手を出して」
「はい」
イチは雑巾を素早く置くと、両手を皿のように作り掲げる。
手の平に置かれたのは鍵だった。ありふれた銀色の鍵で、持ち手の部分には数字が彫られていた。イチは数字を目にし息を呑む。
「今晩はよろしくね」
「はい…」
手を振り去って行く主人に、イチは頭を下げ見送った。
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