夢じゃなくてよかった
会社の後輩である岩田から言われた言葉に瀬川は驚きを隠せなかった…。小柄で童顔の瀬川とは正反対でイケメンの岩田に、瀬川は惹かれていた。ある日尋ねてきた、岩田に気があるという噂の女性の出現に瀬川の気持ちに波が立つ。凸凹な後輩・先輩のほのぼのラブストーリー。
今、なんて言ったんだろうか…?
俺は目の前に立つ、俺よりは頭ひとつ分身長が高い男を見つめる。その男…、岩田の頬がうっすらと赤いように見えるのは店舗のバックルームの蛍光灯のせいなのか、冷房の設定温度が28℃で蒸し暑いからなのか…。
そういえば、今なんて言った? みたいな歌詞から始まる歌があったよなあ、なんてぼんやりと頭の隅で思う。
そもそもの話の始まりは、俺の仕事を手伝ってくれた岩田にお礼がしたいと思ったことだ。
何かおごると言ったものの、夜の10時ではどこの店も開いていない。
それならコンビニか夜間スーパーに寄って俺の家で食べるのはどうだろうか、と「何が食べたい? 何かほしいものはあるか?」と岩田に尋ねたのだ。
その答えに俺は戸惑っているわけで…。
「俺が言ったこと、わかりますか?」
突然、岩田がちょっとキレ気味に口を開いた。
「…ごめん! なんか…、聞き間違いをしたかも。俺がほしいって聞こえたんだけどさ、そんなわけないよな」
「言いました」
岩田にばっさりと肯定されて、俺はもう一度岩田を見上げる。
真剣な瞳に俺は動けなくなっていた。
*****
岩田は俺より2年後輩で、今年の春にこの店舗に配属になった。
190cmの長身で手足が長く、すらりとした引き締まった体型にきりりとした顔は黙って立っているだけでも目を惹(ひ)くものがあった。
ここは岩田がこれまでいた店の3倍以上はある大型店舗で、仕事の進め方が少しばかり違っている。岩田が早く店になじめるようにと、サブリーダーの俺は岩田の教育係になったわけだ。
岩田は口数が少なく表情の変化は少ないけれど、愛想はある。仕事のスピードは速いほうではないけれど、とてもきれいだから手直しの必要がない。
そして、いわゆる「イケメン」だからか周囲から和やかな目で見られていた。
*****
「瀬川さん、今日も来てますよ」
朝の補充を終えて店内を巡回していると、パートチーフに目で合図された。
彼女の視線を追うと、背の高いスレンダー美女が岩田と話していて、どきっとした。
今風のゆるふわヘアに、足首までの明るい色のワンピースがよく似合っている。長身の岩田と並んで話す姿は、とてもさまになっている。
横を通るお客さんたちが横目でふたりを見ているのが遠目でもわかった。
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