それは快楽の色彩
仲村樹(なかむらいつき)は、「特別な存在」に憧れる大学生。ある日、樹はSNSで自分そっくりの人物画が評判になっているのを知る。作者は同じ大学に通う新堂斗真(しんどうとうま)だった。斗真は樹の素晴らしさを皆に伝えたいと言う。名声に釣られた樹は、ヌードモデルをすることになって…。
僕は「特別な存在」になりたかった。
他の誰とも違う、自分だけの個性が欲しかった。
有名になって、周りからチヤホヤされたかった。
けれど、僕は限りなく平凡で、何も持っていない。
僕は、そんな自分が嫌いだった。
*****
見知らぬ誰かの描いた絵が、いつもの大学生活を変えた。
「これ、お前に似てねぇ?」
昼休みの学生食堂で、友達がスマホの画面を見せてきた。
SNSで自作の絵を公開しているクリエイターのアカウントだった。
僕、仲村樹は、小さな画面に表示された絵に見入った。
それは、机に向かう一人の男性を描いたものだった。
鉛筆だけで仕上げたとは思えない、写真と見紛うようなリアルな描写だ。
「すごい上手いね、この絵」
「だな。めちゃくちゃバズってる。でも、作者のプロフィールは一切公開されてないんだ」
描かれた人物の横顔のラインやくりっとした瞳、ぽってりと厚い唇は、確かに自分に似ている気がする。
「他の絵も同じ奴を描いてるんだけど、全部お前っぽいんだよな」
友達はそう言って、次々と人物画を見せてきた。
並木道を歩く姿や、カフェでノートPCに向かう姿、はにかむような笑顔のアップ。
「うわっ、全部、僕だ…。服もPCも、実際に持ってるやつだし」
「な。作者は樹の知り合いじゃねぇの?」
「僕の周りに絵を描く人はいないけど」
そのときの僕の心中は、好奇心と気味悪さが半々だった。
「…作者に連絡、取ってみようかな。誰なのか気になるし、この絵のモデルが本当に僕なのか、確かめたい」
思い切って言うと、友達は目を輝かせた。
「おお。この謎を解き明かしてくれ」
盛り上がった僕たちは、SNSで作者にメッセージを送った。
*****
数日後。
僕はカフェで緊張しながら人を待っていた。
あの絵の作者に連絡を取ったところ、直接会って話をしたいとメッセージが返ってきたのだ。
一体、どんな人なのだろう。
そわそわしながら限定のカフェラテを飲んでいると。
「お待たせ」
肩越しに明るい声が掛けられた。
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